2 生態
「先生! 先生の竜科学の講義、今回だけって本当ですか?!」 講義の終わった教室内。残った学生たちが、教壇の前に集まって何やら話をしている。 先生。そう呼ばれたエヴァン・キャンベルは、学生の勢いに少しきょとんとして「はい」と頷いた。 細身で、すらりとした立ち姿の青年である。ひとつに結ばれた銀の髪は、近くで見れば根元が丁寧に編み込まれていた。首元のタイは上品な淡い色で、柔らかな蝶結びにされている。人形...
「先生! 先生の竜科学の講義、今回だけって本当ですか?!」 講義の終わった教室内。残った学生たちが、教壇の前に集まって何やら話をしている。 先生。そう呼ばれたエヴァン・キャンベルは、学生の勢いに少しきょとんとして「はい」と頷いた。 細身で、すらりとした立ち姿の青年である。ひとつに結ばれた銀の髪は、近くで見れば根元が丁寧に編み込まれていた。首元のタイは上品な淡い色で、柔らかな蝶結びにされている。人形...
——3ヶ月前。1890年 アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン郊外。 雪に覆われた広い敷地を、黒髪の男が研究所に向かい横切っていく。年の頃は50代半ば。背筋の伸びた長身の紳士だが、帽子の下の陰鬱な表情はいかにも不健康そうに見えた。「ガーフィールドさん!」 男が屋敷の前で懐から鍵を取り出すと、後ろから声をかけられた。 声の主は、小柄な老人。丸眼鏡に豊かな白ひげが、見るからに学者という印象だ。老人は歩幅の...
「竜は、もともとは想像上の生物でした」 静かな教室に、凛とした声が響く。詩のように語られる言葉に、二十余名の学生は息を潜めて耳を傾けた。「彼らが人間の前に姿を現したのは6世紀頃のヨーロッパと言われています。地獄の門が口を開け、恐ろしい怪物が人の世に放たれた……これはあくまで一説に過ぎません。想像上の竜は紀元前から世界各地の神話・伝承に登場し、実在した竜の記録とは判別が困難です。生物としての『竜』が、...